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親鸞聖人の教えで分かるハッキリする阿弥陀仏の救い|親鸞会

「親鸞聖人は、念仏を称えさえすれば、死ねば必ず極楽に生まれられると教えた人だ」というのが、常識にようにいわれ、それが浄土真宗の教えだと誤解されているのが悲しい現状です。

親鸞会では、誤解された浄土真宗の教えを、正しく知っていただくために、活動を行なっております。

親鸞聖人の教えは、生きている時に救われる教えです。
今生に、一念で阿弥陀仏に救い摂られ、未来永遠の幸福に生かされるのです。

その90年の親鸞聖人の教えをひと言で表された言葉が「平生業成(へいぜいごうじょう)」です。

平生とは、死後ではない、生きている現在ということ。
業とは、人生の大事業のことであり、別の言葉で言えば人生の目的のことです。
成とは、完成する、達成する、ということです。

ですから「平生業成」とは、「人生には、これ一つ果たさなければならないという大事な目的がある。それは現在完成できる。だから早く完成しなさいよ」と90年の生涯、教え続けていかれた親鸞聖人の教えを漢字4字で表された言葉なのです。

しかも、阿弥陀仏の救いは一念ですから、極めてハッキリしたものです。

「自分が救われているのか、救われていないのか、よく分からない」
「自分の口から尊いお念仏が出るということは、阿弥陀仏に救われているということだろう」
「すべての人をあわれみたもう阿弥陀様だから、救いは届いているはずだ」

“だろう”とか“はず”といった曖昧な救いが阿弥陀仏の救いではありません。

阿弥陀仏の救いに値うとは、阿弥陀仏の願力によって往生一定、現生不退、絶対の幸福に救われたことをいいます。

この世も苦しみの連続であり、後生に一大事を抱え、大宇宙の諸仏にも見放され苦より苦に流転してゆく私たちを憐れに思われて「我をたのめ、必ず絶対の幸福に救う」と誓っていられるのが阿弥陀仏です。

もちろん、死後のことではありません。だから阿弥陀仏の本願を平生業成というのです。平生に苦悩渦巻く人生を、光明輝く人生に救うというお約束です。

こんな素晴らしい本願は世にありませんから親鸞聖人は『正信偈』に、

無上殊勝の願を建立し、希有の大弘誓を超発せり(正信偈)
阿弥陀仏は、無上最高、希有の誓いを建てられている。

とおっしゃっています。

その阿弥陀仏のお約束通りに、往生一定、現生不退、絶対の幸福に助かったことを信心獲得(しんじんぎゃくとく)とか、信心決定(しんじんけつじょう)といいます。

これは全く阿弥陀仏のお力(他力)によってであることがハッキリ知らされますから、明信仏智(阿弥陀仏の本願・仏智がハッキリ知らされること)といい他力の信心というのです。

しかも、この阿弥陀仏の救いは一念で完成するのです。それは、阿弥陀仏が命一刹那に迫っている人をも救うために、「ひとおもい」(一念)で救うという約束をなされているからです。

親鸞聖人はこれを、「一念往生」とか「一念の信心」とおっしゃっています。一念という時尅の極促で私たちの苦悩を抜き、無上の幸福を与えてくだされるのです。これを抜苦与楽とも破闇満願とも説かれています。

阿弥陀仏の救いは、このようにハッキリしていますから、「これで、助かったのだろうか」とか「信心獲得できたのだろうか」などと思案したり、他人に尋ねることではないのです。

親鸞聖人の『教行信証』その他に書かれていることは、この阿弥陀仏の不思議な救いの驚嘆と、広大な慶心ばかりです。

覚如上人も「救われたことを喜んでいる」と『執持鈔』に次のようにおっしゃっています。

「われ已に本願の名号を持念す、往生の業すでに成弁することをよろこぶ」(執持鈔)

蓮如上人も

「他力の信心ということをば今既に獲たり、乃至今こそ明かに知られたり」(御文章)

と書いておられます。

ハッキリしなければ、往生の一大事、安心できません。

救われた喜びがなければ「真宗宗歌」も歌われません。「真宗宗歌」には、「永久の闇より救われし、身の幸なにに比ぶべき」とか、「深きみ法にあいまつる、身の幸なににたとうべき」と歌われているからです。

親鸞会は、この親鸞聖人のみ教えを信奉し、お伝えする親鸞学徒の集まりです。

この明らかな阿弥陀仏の救いを、親鸞会のウェブサイトでも学ぶことが出来ます。

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