親鸞学徒の心意気|「南無六字の城」を吟ず


濃蹶(のうけつ)・峡顛(きょうてん)いずれか抗衝(こうしょう)せん
梵王(ぼんのう)ひとり降旌(こうせい)を樹(た)てず
豈(あに)図らんや右府(うふ)千軍の力
抜き難し南無六字の城

【意味】
美濃を制した斎藤道三(濃蹶)も、
甲斐の武田勝頼(峡顛)も、
あらがう術のなかった織田信長(右府)に、
本願寺の顕如上人(梵王)だけが、屈しなかった。
だれが予想したか、
あの織田信長の千軍の力でも攻め落とせなかったとは。
驚くべき南無六字の法城、石山本願寺。

江戸時代の儒学者である頼山陽の詩です。
石山戦争で信長の軍勢に屈しなかった浄土真宗の先達の心意気が詠われています。

詳しくは、浄土真宗親鸞会の公式ホームページに掲載されています。

詩吟は、長崎吟詠会の会長、90歳になる前田龍瓊氏によるものです。



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